Vittorio Grigolo(ヴィットーリオ グリゴーロ)は現在最も人気のあるイタリア人テノールと言って良いのではないかと思いますが、
そのグリゴーロが先日、スカラ座からライヴ配信を行いました。
伴奏を務めたのは、数多の有名歌手の伴奏を弾いてきたスカレーラ。
流石にこれだけ大々的に演奏者も場所も整えて行われたライヴ配信なので、
この類のリサイタルとしては再生回数もコメントの量も大変なものです。
先日紹介したHenriette Göddeのリーダーアーベントとは大違い・・・
しかし、内容は人気や知名度と比例する訳ではないのですよ!
それがよ~~~くわかる演奏会となっておりました。
<プログラム>
ドニゼッティ
アルバ公:angelo casto e bel
愛の妙薬;una furtiva lagrima
ヴェルディ
リゴレット;la donna e mobile
プッチーニ
ラ・ボエーム:che gelida manina
マスネ
マノン:en fermant les yeux
グノー
ロメオとジュリエット:ah leve toi soleil
チレーア
アルルノ女:e la solita storia del pastore
プッチーニ
トスカ:e lucevan le stelle
トスティ
vucchella
ビゼー
カルメン: la fleur que tu m’avais jetée
マスネ
ウェルテル:pourquoi me reveiller
高音は全体的に安定しているとは思いますし、AやBは流石と言えるかもしれません。
ですが、中音域の所謂パッサッジョと呼ばれる辺りが結構ガタガタで、具体的には鼻に掛かったり、フォルテだと重くなって揺れたり、とにかく響きの質に統一感がない。
カルメンのアリアでも、徐々に上行して盛り上がっていく部分で声が重くなっていくので、Asの音でポジションがおかしなことになっています。
流石に一番最後のBは持ち直しましたが、五線の上の方を執拗に出さないといけないような時に変なポジションに入りやすい。
それ以上に好き嫌いが分かれるのは彼の表現的な部分ではないかと思います。
兎に角自由に歌い過ぎて、これぞスターテノール的な自慰歌唱。
歌ってるあなたは気持ち良いだろうが、聴いてる方の大半はついていけないのではないかと私なんかは思ってしまう。
実際私は楽譜を全く無地した演奏にはついていけなかった。
こんな歌に合わせられるスカレーラは流石だな~という感想以外は特に出てこないのが正直なところで、ここに芸術性や精神性のようなものを感じ取るのは難しい。
とは言え、同世代の歌手の中で圧倒的な実力を持っているならばこれだけ人気が出るのもわかるので、今度は近い年代のイタリア人テノール歌手と比較してみましょう。
比較するのは以下です。
ヴィットーリオ・グリゴーロ(1977~)
ジュゼッペ・フィリアノーティ(1974~)
フランチェスコ・デムーロ(1978~)
エネア・スカラ(1979~)
フランチェスコ・メーリ(1980~)
パオロ・ファナーレ(1982~)
では若手から順に聴いてみましょう。
Paolo Fanale
日本でも新国には何度か来ていて、モーツァルトテノールとしては定評があります。
このアリアは本当に難しいのでが、ピアノの表現が特に自然で、とても丁寧に歌っているのが良いですね。
多少横に平べったいような響きに聞こえなくもないですが、
モーツァルトを上手く歌えるというのは、それだけで高い歌唱技術を持っていると言えるでしょう。
Francesco Meli
知名度はグリゴーロの方が上かもしれませんが、
今主要な歌劇場で主役を歌いまくっていると言う意味では、このメーリも負けていません。
そういえば先日来日していて、トスカで一人奮闘した上、リサイタルでも大サービスのアンコール祭りだったという噂を聞いています。
個人的には、持ち声に比べて重い役を最近歌い過ぎなのではないか?という疑問があるのですが、イタリア・フランスのリリックな役を歌わせれば現在トップクラスのテノールであることは疑いようがありません。
線は細いながらも、高い響きで、フォルテになっても声が太くならず、ピアノの表現も自在にこなせる、
開放感があって、ビンビン鳴るような圧倒的な声ではありませんが、
理性的な歌唱ができるという意味で、今回のグリゴーロのリサイタルの演奏とは正反対かもしれません。
Enea Scala
ここで取り上げた中では一番知名度が低いかもしれませんが、持っている声は本当に素晴らしいです。
少々フォルテで押し気味で硬いのが気になるところですが、逆にアペルトに歌ったらディ・ステファノのような声になるのではないかな?と思える美声の持ち主だと思います。
そして、今までに紹介してきた歌手は、パッサッジョ付近で鼻に掛かることがあるのですが、スカラはそういうことがないというのも良い所で、
この声でロッシーニ作品も歌えるほど高音に強いというのが凄いところですね。
発声的にはフィジケッラに近いかなと思います。
Salvatore Fisichella
フィジケッラは高音でフォルテを出しても押さないので、柔らかさと強さを兼ね備えた素晴らしい高音の響きで、リリックテノールの一つの理想形とも言える高音の質ではないかなと考えています。
スカラはまだ若いので、これからのレパートリーを失敗しなければ、こういうレベルに到達できるのではないかとこのサイトを作った時は期待していたのですが、ちょっと押し気味な所は直りそうにないのが心配です。
そして、こういう歌手によくあるように、美声の垂れ流し感は否めず、幅広いレパートリーを器用に歌いこなせるような歌手ではありません。
何と言っても、レハールのオペレッタの曲をイタリア語で歌っているほどですから・・・
そういう意味でも、イタリアオペラのリリコレッジェーロ~リリコの作品限定でし活躍する歌手と言えるでしょう。
Francesco Demuro
デムーロとメーリは歳も声質も近くてついつい混同してしまうのですが、
こうして改めて聴いてみると、少々上半身の響きだけで歌っている感じがして、”a”母音は特に鼻に入り易い傾向にあります。
デムーロとメーリだったら、確かにメーリの方が実力が上だとみなされるのはわかる気がします。
guseppe filianoti
最近の活動状況がよくわかっていなかったのですが、この映像は2020年10月31日のようなので、まだ彼が声を失った訳ではないことが分かってホっとしています。
近年は、ドビュッシーのオペラやモーツァルトのキャラクターテノールの役を歌っていたようでしたし、もう声が衰えてしまったという噂も聴いていたのですが、この声を聴く限りではまだまだ若い連中には負けてませんね。
私がフィリアノーティを高く評価しているのは、いかにもイタリア物しか歌いません。というような声でありながら、ドイツ物も高いレベルで演奏できて、フランス語の作品も、ロマン派だけでなく、印象派作品まで歌える器用さと貪欲をもって取り組んでいることです。
それこそ、ベルカントオペラ~ヴェルディ、プッチーニをレパートリーの中心に据えていればもっと人気は出ていたかもしれませんが、彼はそうしなかったんですね。
そこが個人的には応援したくなるポイントと言えば良いのか、色々手をだしてフォームを崩してしまったら元も子もないのですが、フォームはしっかり維持できていることがここで確認できました。
因みに若い時は以下のような感じです。
1999年(25歳)
グリゴーロも若い時の演奏を挙げておきましょう。
Vittorio Grigolo
2002年(25歳)
グリゴーロの中低音の歌い方がポップスっぽく聴こえのはなぜだろう・・・。
と思ったらこういうことしてたんですね。
私はここでグリゴーロの今の世間的な評価と実際の実力には乖離があるのではないかな?
なんてことが書きたい訳ではないんですが、近い世代のイタリア人テノールと比較することで見えてきたこともあって、
グリゴーロの歌い方はライトなクラシックファンにも受け入れ易い、いかにもオペラ歌手らしい声や歌い回しではない。という部分があるのかもしれないと思いました。
特に弱音の表現なんかは、響きを前に乗せてないので、むしろマイクに乗せるための歌い方じゃない?
というのが個人的な見解です。
そんな訳で、
私のような声楽オタクはフィリアノーティを支持します!
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